拍手ログ。

fiction=1:想像によって作り上げられた事柄。虚構。
2:作者の想像力によって作り出される物語。小説。作り話。


























「うをーーーーー!!めっちゃキレイ!めっちゃキレイやぞ!」
横山君と二人、ロケで訪れた徳島の西の方。
揺れる吊り橋きゃっきゃ言いながら渡って、
辿り着いた崖と向こうに広がる一面の紅葉した山々。
圧巻。
言うても京都育ちやし、紅葉スポットなんかそれこそ腐るほどあるやん。
見慣れてる。そう思てた。
『人の手が入ってない』って最強やな。何やあれ。
キレイ過ぎてちょっと怖い。引く。
そんな俺の情緒にひたる一瞬すら引き裂いてこの人は。
「マルっ!マルちゃん!写真撮ろっ!写真っ!持ってきてんやろっ?!」
撮影の準備で忙しく動いてるスタッフさん視界に留めながら、
背負っていたリュックから最近買い換えたばっかりの一眼レフ出して。
「なん?新品?!前のんは?!なんぼした?!」
どんだけテンション上がってんねんって突っ込みたくなるほど、
ちょこまか動きながら矢継ぎ早に質問してくる横山君。
「や、前のん下取ってもろてこれ買うたんですよー、いいでしょ?」
そんでもやっぱしちょっと自慢したい俺。
「えぇなぁー!形も何か前のんよりカッコえぇし!」
テンション上がってるから機嫌がいいから、素直に賛辞の言葉。珍しな。
「なっ!はよ撮ろや!あっちは?!あっことか良いアングル取れそうやでっ!」
カメラ持った俺の腕ぐいぐい引っ張る横山君。
ちょっと待ちぃや。もう撮影始まるやん。仕事終わってからでもえぇやん。
一緒にいる人に相対する俺のテンション。
やからちょっと冷静な俺。
「すいませーん!ちょっと録音機器にトラブルあって、
下に取りに行ってくるんで、2時間くらい、機械待ちになるんですが・・・」
俺より年下のADさん、かぶってたキャップ脱ぎながら申し訳無さそうに。
「あ、ホンマですか?えぇですよ、ここキレイやし、なんぼでも待ちますわー」
笑顔で返せばホッとしながらまた一礼して走っていくADさん。
あんな対応されるようなとこまできたんやなって、ちょっと感慨深い。
『撮ってやってる』って、あからさまにそんな態度で接されたことも少なくないのに。
「マル!マル!」
・・・あぁ、機材もこの人のテンションの味方やってんな。
「2時間くらいあるみたいですよー、ちょっと、もっちょっと行って、
もいっこ橋渡ったら、何か地元の人しか知らん紅葉スポットあるて」
さっきアイス最中買うた売店のおばちゃんからの情報披露。
「ホンマっ?!ほんならそこ行こっ!あっち?」
ブロックチェックのネルシャツが崖沿いの細い土道駆けて行って。
「走ったら危ないで!」
あ、今、村上君の気分やった。
背負っていたリュックをスタッフさんにまかせると、
一眼レフのストラップ首に確かにかけて、もう小さくなってる横山君を追う。
何であんなテンション高なってんねやろ、今日。
確かに。
キレイな紅葉。見たこともないような。
俺らをきちんと「タレントさん」扱いしてくれる番組、スタッフさん。
やりやすい環境。気持ちの良い環境。
うん。ありがたいわ。何やこれ。って、俺の悪いクセ。
何かこれって幸せなんやろかって、そう思ったら、途端に幸せやないなんの。
幸せやわー!って口に出したら、ただその言葉に酔ってるだけやって、
幸せであるかみたいに錯覚してるだけやって、
もう一人の自分、自分を上から見てる自分、出てきて言うねんな。
横山君を追っていた足が止まる。
あかんな。さっきまであんなに穏やかな気分やったのに。
キレイな紅葉に、横山君ほどまでいかなくてもテンション上がってたのに。
今は紅。山が流した血みたいな。
うわ、何それ。血とかありえんやろこんな景色にそんな言葉。
グラリ。
駆けて行った横山君より、自分の思考の重さに危うい俺の足元。
「マルー!マルー!」
蔦の這う吊り橋。
ゆらゆら揺れるその橋のロープに手をかけながらもう片方の手を振る横山君。
持っていた一眼レフ、ズームレンズのF値を絞って、
パシャリ。
デジカメに慣れてたから、その場で見られないことに最初は戸惑いつつ、
でも、現像する時の楽しみ、リバーサルフィルムの匂い。
そういや、横山君が言うてんな。
マルちゃんって一眼レフとか、いかにもカメラ!って感じのが似合うって。
コンパクトなデジカメとか、何かちゃうわーって。
自分は思っきし薄いタイプのデジカメでパシャパシャしながら。
いつまで経ってもその場から動かない俺に業を煮やしたのか、
今度は両手ぶんぶん振って「はよぉ!」叫んだと同時に突風、揺れる吊り橋。
うわぁぁって、多分そんな声あげながらへたり込む横山君。
ふはっ。
くぬぎやぶな、枯れて落葉した葉のカサリって音聞きながら。
橋の上で座り込んでる横山君のとこに。
「裕さぁ〜ん、何ぃ?びびったん?」
ニヤニヤ笑いながら横山君の腕を引っ張って立たせてあげる。
「・・・ちゃうわ。お前が中々こぉへんから座って待っててん」
お尻についた砂をぱたぱたはたきながら小学生みたいな言い訳。
「はよ行くぞホラ!」
俺に顔を見せないようにさっさと歩き出して。
ふっ。笑えるわ。27歳の後ろ姿に。
「♪こぎつねコンコン山のなかー、やまのなかー」
橋を渡りきると一層の赤黄色橙。またテンション上がったらしい横山君。
いきなり童謡。
「草の実つぶしてお化粧したりーもみじのかんざしツゲのくしぃー♪」
足元の枝拾って指揮しながら。
小学生ん時こんな同級生おったわ。
「いたっ!」
急に横山君が持ってた枝放り投げて。
「とげささったー!」
・・・村上君に電話しよかな。あかん。圏外や。
「・・・なぁ、とげって取らずにほっとったら、そんままどんどん中入ってって、
心臓までいって心臓破るって知っとる?」
「・・・破れませんよ・・・」
はぁ。溜め息ひとつ。
横山君の手のひら、かすかに赤くふくらんだ人差し指の付け根。
長くはない自分の爪必死に立てて、3ミリほどのとげ。
「マルー」
「んー」
中々つかめないとげの端、意識はとげに集中気味で。
「誕生日おめでとう」
えっ!思った瞬間とげも抜けて。
「お!のいた!これで心臓破れんですむ!」
指の付け根こしこしこすりながらまた枝を拾おうとする横山君制して。
つまらーんって顔したあと、横山君。
「写真、撮ろうや。俺写さんでえぇから。この景色」
対岸から見ていたよりも目に差し込むような、そんな輪郭のハッキリした、紅。
「みんなに見せたろや」
な?俺の一眼レフのレンズ、自分のシャツの袖でぬぐって。
「んふ、でも何かあれやな?こんな赤いと、血ぃみたいやない?」
真っ赤に染まった木々を見上げながら言う横山君の横顔に少し鼓動を早める。
「血ぃやで血!山の鼻血!何かエロいこと考えてんちゃうの山も」
そういや昔遠足で山とか行ったら、絶対エロ本落ちてたもんなって。
ひゃっひゃっひゃって。
いつもの高笑い。
「・・・俺が死んだら悲しいですか?」
突飛な質問。でも。
「別に。えぇで、いつ死んでも。マルちゃんどんな死に方すんのか見てみたいし」
真っ直ぐ俺の目を見ながら。
「パーン!とか言いながら死にそうやん。変な顔したまま死にそう」
「・・・嫌やなそれ・・・」
「マルちゃんも、俺がどんな風に死ぬか見てみたない?」
ゲーム持ったままとかありえるわー、うわ嫌やなホンマー。
最後くらいカッコイイんがえぇなー。
ぶつぶつ、自分の死に様予想。何やねんなこの会話。
「お互い、どんな風に死んでくか観察しようや」
「・・・やったら、俺のが横山君より長生きしなあきませんね」
「俺もマルちゃんより長ぁ生きなあかんなぁ」
「・・・・・・」
「んで。はよ、はよ、写真撮れや」
俺が撮ろかって、でもピント合わせとか全然分からへんしなー、
俺の首から下がった一眼レフ構えるフリしてみせて。
ペンタプリズムみたいやな、横山君」
「・・・ぺんたぷりずむってなん?」
「5角柱形で7面体のプリズムでな、左右方向を反転さして・・・」
「あーあーあーあー!分からん言葉で話すなや!もうえぇわ!
ちょーっと知識仕入れたと思て調子んのんなよコラ!」
輩じみた口調でそう吐き捨てる横山君に、ちょっとインテリぶりたかった自分を恥じて。
「・・・俺らが、ちゃんとあるための、俺らでおってえぇって思わせてくれるためのな」
「あ?」
「まぁ、あれや・・・無かったら逆さに写ってまうってこと」
「・・・全っ然、意味分からんねんけど」
うん。せやんな。俺も自分で何言いたいか分からへんもん。
不思議やな。
おんなじ「血」でも、俺のイメージする「血」はネガティブな「血」で。
暗くて痛いイメージの「血」で。
でも横山君には鼻血とかって、そんな、日常で当たり前に見える「血」やねんな。
一眼レフ、買うて良かったわ。
横山君いわくの、「鼻血出しとる山」、いっぱい撮って、
ヤスとかに見せたんの。鼻血みたいやろって。
情緒ないなーって、苦笑いするヤス浮かぶわ。
情緒なくても、愛情あんねん。情だけはあんの。いっつも。この人。
ディテール分からんくても、ニュアンスで感じ取る。
何かを。


シャッターを切る音が響く真っ赤な山の中で、また歌い出した横山君。
「♪かーらぁすーなぜ泣くのー、カラスの勝手でしょー」
「・・・元の歌詞知ってますのー?」
「知っとるわ!」
正しい歌詞で歌ってくれるんかと待つのに、歌ってくれんし。
「ホンマに知ってますのぉ〜?」
横山君、何か大人みたいに笑って。って、大人やねんけど。
「可愛い7つの子がおんねやろ?知っとるよ」
『7つの子』に、微妙なニュアンス含んで笑って。
「そろそろ行こか?」


あと3時間くらいしたら日が落ちるんかな。そしたら夕日に染められるんやんな。
夕日に染まった紅葉って、橙が強く見えるやんな。
そんな山見たら、今度は横山君、何て言うてくれるんやろ。
小学生みたいな、何でも知ってる大人みたいな、
そんな横山君のちょっと猫背な後姿、さっきは笑った後姿、こっそりシャッター切って。
ちょうどあの吊り橋、思いっきり揺らしながら走ってやった。
「ちょ、揺らすなや!危ないやんけ!」
追いかけてくる横山君。グラリときた崖沿いの道、今度は強く踏み締めて。
「今日俺の誕生日やから、夜ご飯、俺の好きなもんおごって下さいよ!」
横山君につかまって頭ぺしぺし叩かれながら、ねだってみる。
「アホか!誕生日なんやからそれこそお偉いさんにたかれや!
俺もそれに乗っかるし。よっしゃ、スタッフさんとこ戻ったら一芝居打つで!」




それから40分後に始まった撮影始め。
「なんと、今日はマルちゃんの誕生日ということで」
おめでとー、周りのスタッフさんの声聞きながら、俺に目配せする横山君。
その日の夜。泊まった旅館。
追加料金で用意してくれたらしいご馳走と、
昼間の紅葉みたいな真っ赤なイチゴが乗ったショートケーキ。


後日。
「鼻血みたいやろ」見せた紅葉写真、やっぱり「情緒ないなー」。
それ聞いてた横山君の、いつものあの高笑い。


end.


20081126.