拍手ログ。

fiction=1:想像によって作り上げられた事柄。虚構。
2:作者の想像力によって作り出される物語。小説。作り話。


























コンサートとコンサートの合間ぬって、
久し振りに帰る大阪、実家。
マンションの階段駆け下りて、友達に借りた車、レクサス。
絶対キズつけんなよって、中々キー渡さん友達に一言、
「今度グラビアアイドルでも紹介したるから」
グラビアアイドルさんに知り合いなんか一人もおらんのに。
でも男。食いつくもんは分かるし。
「・・・川村ゆきえ・・・?」
「おっけ、おっけー!じゃ、そういうことで借りるわな」
かわむらゆきえちゃんってどんな子やっけ?って思いながら、
ふんだくったキーでレクサス乗り込んでエンジン全開。
さすが高級車。
俺も今度買い換える時これにしよか、とか。
今の車のローンまだあんのに調子乗ってみたり。てかアイドルがローンて。
言うてもまだまだやし俺ら。てか俺。


海端の国道、太陽反射して光る海ちらちら見ながら、少し窓を開ける。
むわって、蒸された風。
車の冷房と混ざって、また窓から出て行って。
家から20分。
駐車場にレクサスとめて、細い階段上って行って、左に11歩。
「久し振りやなぁ、じいちゃん」
海からの風受けるお墓。持ってきたしきみとお酒、足元に置いて。






「お母さん、来週から仕事行かなあかんから、あんた美知おばちゃんとこ行き」
オトンがおらんくなって2週間経った日の夜、
オカンがいきなり俺にそう言うてきて。
「・・・なんで?一人でお留守番出来んで?」
「お母さん、住み込みでここやないとこ行かなあかんから、
この家に帰ってこぉへんのよ。ご飯も作ってあげられへんし。
美知おばちゃん、あんたも好きやろ?いるもんまとめとき」
嫌や嫌やって、さんざん泣いてごねて歯向かってんけど、
オカン言うねんもん。
「あんたのためにお母さん頑張ってくんねんから、我儘言わんとって」
まだ子供やのに、まだ子供やけど、でも分かってもうてんな。
『我慢せなアカン』ねやって。
オトンが出て行く時に、聞いてもうた、「いつ帰ってくるん?」に、
今まで聞いたことないほど厳しい声で「キミ」って俺を呼んだオカン。
オカンの震える手を握りながら、あぁもう言うたアカンねんなって。
これからきっと『我慢せなアカン』こと、いっぱいあんねんなって。


オカンと違ってぽちゃっとしてて、いっつも大きな声で笑っとった未知おばちゃん。
めっちゃ優しくって料理上手やって、キミ君何食べたい?って、
いっつも俺の好きなもん作ってくれて。
おっちゃんも優しくて、紙ひこうき作るん上手で、
ご飯食べたあと作った紙ひこうき飛ばし合いして。
でも。
でもな。
お世辞にも料理上手やとは言えんかったけど、そんでも。
別にパッサパサの焼き鳥でもえぇねやんか。
シャバシャバで水みたいなカレーでもえぇねやんか。
半分以上焦げた食パンでも、カップラーメンでもえぇねやんか。
オカンが一緒に食うてくれたら、それでえぇねやんか。
クリスマス。
今まで見たことないでっかいケーキ、おっちゃん買うてきてくれてん。
ヘリコプターのラジコンもくれてんか。
ありがとう!って、めっちゃ嬉しいって、でも夜、布団入って、
サンタなんかもうおらんって分かっとったけど、信じてへんかったけど、
でももしもって。
もしも俺にプレゼントくれるんやったら、
ファミコンもどんじゃらもラジコンやっていらんから、
オカンちょうだいやって。はよオカン返してやって。
でっかいケーキの生クリームの甘ったるさ思い出しながら、
『我慢せなアカン』ことなんやって、必死で淋しくない淋しくないって。
よく言うやろ?ウサギは淋しかったら死ぬって。
めっちゃえぇやん。淋しい思うたらその淋しさ我慢せんでも死ねんねんで。
やったら俺、あの時何回死んでんやろな。


3ヶ月ほど経って、オカン。
知らんおっさん連れて、美知おばちゃんとこもんて来て。
「キミ行くで」って、一番欲しかった言葉やのに、何でか喜べんくて。
えぇのに。オカンと二人でえぇのに。
俺がおっきくなるんちょっと待ってくれたら、俺が守ったるのに。
でもオカンが嬉しそうにしとるから。
また、また、これもなんやって。
これも『我慢せなアカン』ことなんやって。
馴れ馴れしく俺の頭なでるおっさんに吐きそうになりながら、
でも「オカン良かったな」って強がり。


『我慢せなアカン』
『我慢せなアカン』
『我慢せなアカン』
『我慢せなアカン』
心ん中で、オカン返せオカン返せって思うてんのに。
「子供は我慢なんかせんでえぇねんぞ」
じいちゃん。
じいちゃん。
畳の匂いとお茶の匂い。いい匂い。
我慢せんでえぇって、しわしわの手で抱き上げてくれた。


学校終わって、団地の狭い階段駆け上がって真っ直ぐじいちゃん家。
二階下の自分の家にランドセルだけ放り込んで、
虫取り、ザリガニ取り、かくれんぼ鬼ごっこ
楽しい。
めっちゃ楽しい。
俺、ホンマはオカンちゃうくてじいちゃんから生まれたんちゃうか。
やってこんなに楽しい。
じいちゃんに、小声で言うてん。
「内緒やで?俺な、オカンよりじいちゃんのが好きやねん」
じいちゃんも小声で言うてくれてん。
「じいちゃんもな、ばあちゃんよりキミの方が好きやで」
二人でクスクス笑い合って、めっちゃ幸せで。


勤が生れた時も、じいちゃんと病院。
オカンの横で眠るちっこい赤ちゃん。
弟。
俺の弟やって。
俺、「お兄ちゃん」なんやって。
人差し指、ぎゅって握り返してくるちっちゃい手。
あったかい。
弟。
サルみたい。
でも可愛い。
嬉しい。
じいちゃん、俺兄ちゃんなってんで!って、誇らしげに言う俺、
そうやお兄ちゃんやぞ!守ってやれるように今よりもっと強くならんとな!って、
じいちゃんも嬉しそう。


弟出来てから、学校終わったら、一応始めに家に帰る。
勤見て、お兄ちゃんやぞ!って言うたら、
やっぱりまたすぐじいちゃんとこ行って、じいちゃんと遊ぶんが当たり前な俺。
じいちゃん、めっちゃ強いねん。
俺がいじめられとったら、「キミに何してんねん!」って、
相手が何人でも怒鳴り込んでくれてん。
俺が忘れたおもちゃ、走って取りに戻ってくれて、
「じいちゃんスーパーマンやから何でも出来んねん!」
そうやねん、ホンマ、じいちゃんはスーパーマンやねん。
俺を「淋しい」から救ってくれた、スーパーマンやねんか。
やから何にも負けへんねん。
負けへんやろ?
「じいちゃんは無敵やで!」言うてるもんな。


それから充も生れて2歳くらいんなった頃。
ちっさいけど、一軒家、団地から移って。じいちゃんも一緒。
嬉しい。朝から晩まで、夜寝る時やって、ずっと一緒におれるん、めっちゃ嬉しい。
じいちゃんの心臓蝕んでいた病気んことなんか知らんと、
俺はただじいちゃんと一緒なんが嬉しくって。
入院せなあかんって、じいちゃん手術せなあかんって聞かされても、
何でやねんって、じいちゃん強いねんからそんなんせんでもえぇよって。
病院のベッドの上、心なしか痩せてカサカサになったじいちゃんの手、
ぎゅうってしながら、「大丈夫やんな?じいちゃん無敵やもんな?」
大丈夫って、心配あらへんって笑ってくれたけど、でもじいちゃん俺に。
「キミ、じいちゃんより大切な友達、はよ見付けなな」
「・・・何で?何でそんなん言うん?じいちゃんおったらえぇもん!
じいちゃんおったら友達なんかいらへんもん!」
困ったじいちゃんの顔見たくなくて、薬品くさいシーツに顔うずめて叫んどった。
手術。
心臓開く手術。
神様にお願いした。
神社に行って、貯金箱の小銭、全部賽銭箱に投げ入れて、
必死で必死でお願いした。
神様お願いします。
じいちゃんを助けて下さい。
オカンのことはあのおっさんに譲ったったんやから、
やから、じいちゃんは俺にちょうだいや。
俺から取っていかんとって。
何でもする。ピーマンもにんじんも残さへんから。
きゅうりは・・・きゅうりは今度お願いする時頑張るから。
お願いします。
お願いします。
じいちゃんを助けて下さい。お願いします。
今思うたら、死ぬ死なんの手術やなかったんにな。
生々しい傷跡と、ふくれた心臓のあたり。
磁力出るもん近づけたらあかんよってオカンに言われて。
じいちゃん。
もう走って俺の忘れもん取りに行かれへんねんて。
おれをいじめるやつ、やっつけられへんかも知れんねんて。
えぇよ。そんなんえぇよ。
俺が自分で取りに行くし、俺が自分でやっつける。
やからじいちゃん、ずっとそばにおってな。






俺が事務所に入ってすぐ。
暑い夏。出て行くオトンにいつ帰るか聞いた俺を制した時以上の厳しい声で、
オカンが電話してきて。
じいちゃん、死んでしもたって。
昔再放送で見た「タッチ」のワンシーンみたい。
ホンマに白い布かけんねんな。
泣いてるオカンとばあちゃん。
勤と充、泣いとるオカンらにつられて泣いて。
俺だけ泣かんかった。
固くなったじいちゃんの手、俺を抱き上げてくれたじいちゃんの手、
最後にもう一回ぎゅうってして、ありがとうって。
タクシーで帰るってみんなに背を向けて、一人で向かう公園。
じいちゃんとよく行った公園のすべり台で、
やっと、声を殺して泣いた。
洩れそうになる嗚咽は、服の襟に飲み込ませて、
何でやろ、声出したら負けやって思ってんな。
声出して泣いてもうたら、これから先の淋しさ、我慢出来へんなるって、
これを堪えるん出来たら、どんな淋しさも我慢していけるって。
犬の遠吠えだけが聞こえる夜の公園、
噛み締めた唇から血が出ても、最後まで声は出さんと泣き続けた。




仕事がひとつ上手くいくたび、
心ん中でじいちゃんに報告した。
仕事が上手くいかんで苛立つたび、
心ん中でじいちゃんにすがった。
どうしようもない絶望感で、もうここでお終いやって思うた日の夜、
夢ん中にじいちゃん出てきて、まだやれるやろ?って。
俺の背中、いっつも押してくれるん。
何回も何回も何回も思うた。
じいちゃんが生きてくれとったらって。
そしたらじいちゃんの大好きなカラスミ、冷蔵庫に入らんほど買うたるのに。
回ってないお寿司屋さん連れてって、好きなもん腹いっぱい食わしたるのに。
もうじいちゃんの財布からお金取ったりせん、逆にお金入れといたるのに。
ありがとうって、ちゃんと言葉にして言うのに。
言いたいのに。






いつの間にか灰になった二本の線香の跡を見つめながら、
目尻に浮かんだ涙を上を向いて誤魔化して。
お酒で濡れたお墓に手ぇ置きながら。
「じいちゃん、じいちゃんより大切な友達はまだ出来んけど、
じいちゃんと同じくらい大切な奴らは出来てんやんか」
今度な、そいつらと東京ドームでコンサートすんねんで。
東京ドームやで!阪神と巨人の試合観に行った、あのでっかい東京ドームやで!
「じいちゃん、天国でいっぱい自慢してえぇで、
わしの孫が東京ドームでコンサートすんねんぞって」
これからも、これからやってもっといっぱい。
じいちゃんが自慢出来るような仕事いっぱいしたるから。
やから。
「やから、いっつも見といてな。ちゃんと。俺んこと・・・見といてな・・・」




蒸された車内に置きっぱなしの熱くなった携帯電話が、
メンバーからの着信を告げていて。
エンジンかけてクーラー入れながら、
これから先、「じいちゃんより大切」になるかも知らん仲間にリダイヤルコール。
「もしもし?や、ちょい墓参り行っててんやんか。なん?」


もうすぐ8月。
あの暑い夏に一人で泣いた公園、潰されるんやって。
ジリジリ照り付ける太陽、ハンドル握る腕に流れる汗Tシャツでぬぐう俺に、
「頑張りや」
じいちゃんの声が聞こえた気がした---------




end.


20081208.