拍手ログ。


fiction=1:想像によって作り上げられた事柄。虚構。
2:作者の想像力によって作り出される物語。小説。作り話。


























「キミ君?なんしてんの?」
撮影が終わってみんながサッサッと着替えて出て行った後の楽屋を適当に片付けて、
今日は馴染みの楽器屋さんにでも行こかなー、
今日開いてんやっけ?
携帯のメモリから楽器屋の名前探してる俺の視界の端、
撮影してたスタジオから出たすぐ横の公園、
見慣れたキャップかぶったキミ君がしゃがんで揺れとった。
「おあ、ヤスか」
フェンス越し、俺の声に少しだけびっくりしてみせた後、俺を手招いた。


「!ちっちゃあ!めっちゃ可愛いやん!」
キミ君がしゃがんでた足元には段ボール、
中には一匹の子犬。
「なぁ!ふんふん言うてるからなんやろ思たらコイツおってん」
言いながらまたしゃがんだキミ君は、慣れた手つきで子犬を抱き上げて頭をなでる。
「めっちゃ可愛い。こんなん捨てるヤツの気ぃが知れんわ」
静かにポソっと呟いたそれやったけど、怒りに満ちていて、
あぁキミ君ホンマに犬好きやねんなってぼんやり。
「・・・どうすんの?」
「なぁー、どうしようなぁー」
どうしようもくそもないやんか。元に戻して家帰ったらええねん。
誰かが拾ってくれるかも知らんし、そんまま野良犬としてたくましく生きてくかも知らんし。
変に同情してもあかんやろ。
だってキミ君飼えへんやろ。俺やって無理やもん。
実家やってもう犬おるし。
「あれやな、
正直俺のファンにこれ飼うて言うたら飼うてくれるで多分。
でも犬やって2,3年で死ぬわけちゃうやん。
10年以上好きでいてもらわなアカンねんで。
そんなん無理やろ。
あぁでも飼い出したら愛着沸くやんな。
俺には飽きても、犬は家族の一員になれるやんな。
俺はいらんなっても犬はいらんならんやんな。
俺も欲しいわ、一員。
絶対俺をいらんならん一員」
何でそんな話になんの?
どこ見て話しよんのこっち見てよ。
淋しい話せんといてよ。
俺に何て言わせたいん?
俺あんまし日本語うまないねんで知ってるやろ?
「彼女…真奈美ちゃん?やったっけ?はよ結婚したらええやん」
どっか遠く見よるキミ君の顔に耐えきれず、視線を落として足元の石ころを蹴りながら呟く。
「ふはは、いきなり話飛び過ぎやろ、結婚て」
子犬を抱っこしたまま近くのブランコに座って軽く後ろに引いたあとキミ君は。
「…そういうん、ちゃうくてな…」
やっぱり俺のことは見ないまま。
またそうやって自分ん中だけで完結させんねんな。
人に淋しい思わせといて、本気で答えは求めてへんねんな。
じゃあ何?
何してあげたらええのん?
何もいらんのやったらそんなんせんといてよ言わんといてよ。
「・・・あんまし触りよったら情うつって離れられへんなんで」
「うん・・・分かってる」
言葉に反して子犬の頭をなで続けるキミ君見てたら思い出した。
あれ、いつやっけ、もうけっこう前。
2年前とか?もっとやっけ?
雑誌の撮影で、子犬と一緒のショットやぁ言うて、子犬が用意されとって、
村上君以外はみんな大喜びで可愛い可愛い言うてて、
でも中に、一匹だけ、全然人んとこ寄らんとケージの端っこで震えとる子犬がおって、
キミ君、その子犬んとこしゃがんで、小さい声で言うてた、
「お前一人ぽっちなん?俺もやわ。お揃いやな」
他のメンバーはみんな子犬に夢中で聞いてへんかったやろうし、
俺やって別に聞く気やなかったのに聞こえてもうてんもん。
その後、「俺この子にするわー」って、
その子犬抱き上げてみんなんとこ行ってもうて、その言葉の真意は分からんかったけど、
何でか「悔しい」と思ったん覚えてるわ。
みんなおるのに、時々一人ぽっちの世界にいってまうねんな。
すばる君も「落ちる」ときあって、
そっから引き上げたり浮上さしたりすんの大変なときあるけど、
キミ君はもっと厄介や。
「落ちて」るふうには見せんから。
実際落ちてるんとはちゃうしな。
ただ、「一人ぽっち」やねん。
周りのもん、拒絶しとるわけでも無いのに、いつも通り笑いよんのに、
なのに、
あぁ、今、この人、一人ぽっちになってんやなって、
そう思わせる感じさせる空気んときがあんねん。
大抵、ちょっと時間経ってマルあたりが「裕ちん裕ちん」言うてじゃれついてたら、
ふって笑ってその空気から抜け出してきてくれるけど。
そんな空気持たんといてよって、暗にそんなん匂わせたら、
「ヤスはあったかい人生送ってきとるからなぁ」って、
そんなん言われたら何も言われへんやん。
「・・・じゃぁ、俺行くとこあるから行くね、キミ君も大概にしとかな」
「ん、あとちょっとだけな」
夕日の陰で見えないキミ君の顔から逃げるように、その場を後にした。


楽器屋さん行って弦買うて、新しく入荷ったゆーギター見せてもうて、
店のおっちゃんとあれこれ話よったらもうだいぶいい時間で、
そういやお腹減ったわ弁当でも買うて帰ろていつものコンビに寄って、
あとちょっとで自分のマンションやのに、気付いたら足はあの公園に向かっとった。
夜の公園。シンとしてる。
ちょっと不気味。風で揺れるブランコの錆びた音にびびったり。
「・・・さすがにおらんわな」
暗くなっても公園で子犬抱いてるて、ドラマみたいで実際やってたらちょっと引いてたかもやけど、
さすがにキミ君もそこまでアホちゃうのか、公園には誰もおらんかった。
「アホらし・・・」
帰ろ思うて、でも何か違和感。
そうやん。あの子犬やっておらん。
キミ君が連れて帰った?他の誰か?それともどっか逃げた?
空っぽの段ボールをぼんやり眺めながら考えてたら、
少し向こうで「くしゅん」人の気配。
あぁ、やっぱりやん、嫌やわこんなマンガみたいなん。
俺、意外と青臭い感じとか苦手なんやけど。
公園の隣のスタジオのエントランス、もちろん扉は閉まってるけど、
少し突き出た屋根の下、子犬抱えて階段に座り込んでるキミ君。
「・・・なんしてん・・・」
すぐ風邪引くくせにこんな寒い中、何それ?優しい自分に酔うてんの?
「ヤス〜!」
思いがけず嬉しそうな満面の笑顔で俺の名前を呼ぶ、
寒さで白い顔がいっそ青白くなってる人。
「ヤス優しいから、絶対コイツんこと気になって戻ってくる思うてたわー」
ちゃうで。
俺が気になったんはキミ君やで?優しいんはそっちやろ?
「・・・俺戻ってきたとこで状況変わりませんやん」
「ちゃうねん、あんな、俺、コイツ飼うてくれそうなヤツに電話しよう思てんか?
ほいじゃ俺、4日前ケータイ換えたばっかやんか?」
・・・また落としたん?
「ケータイのメモリ13件しか入ってへんねん、8件はご飯屋さんやし」
メンバーの全員入ってへんねや。
てかケータイ換えたんも知らんかったわ。ちくり。
「ヤス、飼うてくれそうな知り合いおらん?」
何その上目遣い。
俺に媚びてどうすんの?
あー、でも普段見下ろされるばっかやから、こういうんもえぇんかな。
「・・・新太郎って、覚えてます?前一回、大倉とも一緒に飯食った」
「・・・あぁ!あの鼻にわっか付けたやつ?」
「わっかて。あいつ多分、こん前会うたとき犬欲しい言うてたから、
何かずっと飼うてた柴犬死んでもて、番犬欲しいわーとか言うてたから、
電話してみましょか?」
「ホンマ?!頼むわぁ!だってな、もうホンマこいつ、
置いてこう置いてこうすんのにな、ふんふんふんふんずっと鳴くねんもん」
当たり前やんか。
人間でも動物でも、赤んぼは泣くんが仕事やで。
新太郎の番号を出して発信ボタンを押しながら、
言い訳になってない言い訳するキミ君を見下ろす。
「あ?新太郎?ちょいお久ー。今大丈夫?何でやねん!
あはは、もうえぇって、あんな、犬、お前こん前犬欲しい言うてたやんか?
別にどんな犬でもええんやろ?
あ?残念ながら足は4本しか無いで。ふは、やからもうえぇてそれ!
ん、ほんでな、今公園おんねんけど、そこに子犬捨てられててんやんかぁ。
めっちゃ可愛いしかしこそうやねんけど、お前飼うたってくれへん?
早っ!おばちゃんとか相談せんでええんかい!
や、嘘うそ。頼むわー!マジでぇ?!ほいじゃどうしよ、今から連れてこか?
おん、分かった!ほな行くわ!ん、サンキュサンキュー!」
ケータイ切ってもう分かってるやろうけど報告。
「飼うてくれるて!今から新太郎ん家連れてってえぇって!」
テンション高く言う俺に、テンション高く返事してくれるか思うたキミ君はでも。
「ほっか・・・」
子犬なでくりながら、ホンマは俺が飼うてやりたいねんけどな、ポツリ。
しゃーないもんな。うん。また勝手に納得して。
「新太郎ってヤツん家、こっから近い?」
「・・・うん。氏原の肉屋さんあるやん?あっこの裏」
「歩いて行けるな・・・ほな行こか」
よっこいしょって、年寄り臭く腰上げて進み始めるキミ君の、
薄いカットソーの裾を掴んで引っ張る。
振り返って何やねんって顔で見てくるキミ君は、俺の顔を見てびっくりしてみせた。
「おま・・・何泣いてん?!」
「何でなん?なぁ、ホンマ何でいっつもそうなん?」
あの時の「悔しい」の正体が今分かった。
「なぁ、犬に淋しさの同意求めるくらいやったら、俺らに求めてや。
勝手に『お前らには分からん』って決めつけんでや。
犬にこぼす淋しいの感情、俺らにぶつけてや。
分からんの?そうやって『俺は一人ぽっち』って顔向けられる俺らが、
そのことで『一人ぽっち』になってんねんで。
分かりたいて、全部何もかも理解出来ひんでも、それでも分かりたいて、
こんなっ、こんな寒いとこで何時間も犬なでるん平気なくらい淋しいんやったら、
そんなん我慢出来るんやったら、俺らに分からせようとしてや・・・」
鼻が詰まって上手く喋られへん。
言葉って何やろ、全然自分の気持ちが伝えられへん。
「俺らって、『犬以下』なん?淋しいの理解出来る力、犬以下なん?
腹立つわ。何で勝手に悟ったみたいな顔してん。
一人で大人のふりしてん。
淋しい時に淋しいて言われへんくても、俺らを追いやるみたいな空気ん中入るんやめてや。
てゆかもうえぇわ!もうホンマえぇ!もう今度から遠慮せん!
ズカズカ入ったるわ!うわ何やめっちゃ腹立ってきた!
知らん!キミ君の世界なんか知らんわ!淋しそうにしとったら無理矢理くっつくわ!
もう決めた!もう決めてんっ!」
はぁはぁ、息荒く一気に吐き出して、腕で涙をごしごし拭う。
「・・・俺、そんな『一人ぽっち』な顔しとった?」
「・・・してるわ・・・今かて・・・」
「『一人ぽっちやない』って、どんなん?そっから分からん俺が、
お前らに何をどうやって分からせたらえぇん?」


深くて、深過ぎて、キミ君が抱えている孤独が大き過ぎて。


「・・・新太郎ん家、行こうや・・・待ちよるからあいつ・・・」
「・・・おん・・・そうやな」
キミ君の腕の中でいつの間にか眠り込んだ子犬。
見上げる街灯が滲んでまうのは、拭ったはずの涙がまた出てるからなのか。
新太郎ん家までの道を二人無言で歩きながら。


神様。
いつか、出来たらそう遠くないいつか、
この人が「一人ぽっちの世界」から抜け出せますように。
出来たら、そこに俺らもいますように。
神様。
神様。
神様。
神様。

end.


20081119.