拍手ログ。

fiction=1:想像によって作り上げられた事柄。虚構。
2:作者の想像力によって作り出される物語。小説。作り話。













































楽屋で珍しく錦戸と二人きりで。
慌しく荷物をまとめたあと、携帯のメールチェックして返信に余念が無い錦戸をぼんやり見ながら。
「錦戸・・・」
「なん?」
「・・・何でもない」


いつかこの声が届かへん所に、名前を呼ぶ声が聞こえへん所に、
錦戸も・・・いってまうんかな。
もう何年も前に「安定」を求めて自分の前から去って行った仲間を思い浮かべながら。
やから時折、確かめるみたいに名前を呼んでみる。
「錦戸」
「なに?」
「錦戸」
「なんすかー?」
振り向いて俺を見て俺の存在を確かめて俺の声を「無い」ことにはしない錦戸に安心して。
この安心がいつまで貰えるのか、自分がそれを本当に欲しているのか、
吐く息で昨日の晩飯のメニュー言えるわ!ってちょけられるほど近くにいた過去が、
どんどん俺の見えない所に流されていって、
広がっていく一人の空間、失くなってしまった触れる肩の感触。


「錦戸」
「やから何やねん」
携帯のボタン押しながら、少し苛立った口調で返される。
「・・・・・」
伸びた身長の何倍も離れてしまったお前との距離。
子供をガケから突き落とすライオンになりたくてなれなくて。
ガケから突き落とされたんは俺の方なんやないか。
前髪に付いた糸クズを払ってやろうとして伸ばした俺の腕に、
無意識に顔を後ろに引いた錦戸に、ふいにこぼれそうになる涙。
「髪、糸付いとる」


俺が持っとる「何か」の何倍、何十倍の「何か」を手にしただろうお前に、
俺が与えてやれるもんなんか、もうなんも無いねんな。


お前のマンションまでの道順ももう忘れてもうて、
お前の彼女の名前が今はなんなんかも分からんで、
お前が最近見た映画も知らんし、お前の明日の仕事も知らんし、
昔、お前が俺に逐一報告してくれよったことが、今は何ひとつ分からんし。




「・・・おっきなったなぁ・・・」
鏡越し、訝しげな顔の錦戸を視界の端に入れながら、
失くしたせいで新しく買った自分の携帯、ディスプレイに新しい番号を出して。
「・・・俺、けーたい・・・」
「?けーたいがどしたん?」
やっと返信し終わったのか携帯をたたんでジーンズのポケットに突っ込みながら、
もう楽屋から出そうな錦戸。
「・・・気ぃつけて帰れや・・・事故んなよ」
「・・・笑えんし」
冷めた目で俺を一瞥したあとさっさと楽屋を出て行って。
教えられることのなかった新しい番号がディスプレイから消えて、溜め息がこぼれる。


ピッチに登録されてた『亮ちゃん』は、携帯に替わる時『錦戸』になって、
この携帯には『錦戸』すら無くて。


「いつか」がいつ来るのか、もしかしたらもうとっくに来てるのか俺には分からんけど。
3日後、「あんた携帯番号変わったやろ!教えてーや!」って俺の携帯探る錦戸に、
安堵の溜め息吐いたんは、きっと俺の本心。




20090531.